2013年10月10日木曜日

こんな映画は見ちゃいけない!(10/10)

本日、とりあげる作品は
「トランス」です。

失くした記憶は取り戻せるのか、消された記憶はよみがえるのか。潜在意識に埋もれたしまった出来事を浮かび上がらせた男は、知らなかったはずの事実に驚き戸惑い恐怖する。今の自分は何者なのか、本当の自我はどこにあるのか、誰かにコントロールされているのか。現実と虚構の境界が分からないほど深いトランス状態で、彼はようやく真実にたどり着く。スタイリッシュな映像とスピーディでミステリアスな展開は、主人公の混乱した頭の中を覗き込んでいる気分になる。
競売員のサイモンは強盗のフランクを出し抜いて強奪されたゴヤの名画を横取りするが、フランクに殴られたせいで隠し場所を忘れる。サイモンは催眠セラピスト・エリザベスに記憶を修復してもらう。
エリザベスは浅黒い肌の大きな目のいわくありげな美女。サイモンの素性と目的を即座に見抜いた彼女は、フランクに自分も一枚かませろと持ちかけるなど、ギャングを恐れない大胆さも持つ。彼女がサイモンの意識の深層に働きかけ手がかりを探していく過程で、サイモンの脳内に投影されるのは、夢でもなく幻覚でもなくどこか知覚と妄想が入り混じったリアルな感覚に満ちたヴィジョン。それは蓄積途中でサイモンの脳が都合よく脚色した疑似体験にも見える。
さらにエリザベスの不審な行動が、一筋縄ではいかない複雑な事件の構造を徐々に明らかにしていく。操っているのはだれか、嘘をついているのはなぜか、謎が謎を呼ぶ構成に一瞬も目が離せなかった。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「トランス」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130803を参考にしてください。
本日はもう1本
「パッション」です。

親切な上司を信頼してはいけない、忠実な部下に心を許してはいけない、二股男を愛してはいけない。完全実力主義の会社、そこでは誰もが強烈な上昇志向で、結果を出した者だけが生き残り昇進していく。物語はそんな広告代理店に勤務する女たちの裏切りと嫉妬、欲望と罠のパワーゲームを描く。クローズアップの多用と感情を刺激する音楽、そして丁寧なカメラワークで撮影された登場人物の心理描写は古き良きミステリー映画を見ているよう。それぞれのシーンをじっくりと見せる、ゆったりしたテンポが逆に新鮮だった。
スマホ新製品のCMデモテープを作製、社内で好評を博したイザベルは、手柄を上司のクリスティーンに横取りされる。だがイザベルはビデオを投稿サイトで公開、すると大反響を得て社長に絶賛される。
その日からクリスティーンの露骨な嫌がらせが始まり、イザベルは精神的に追い詰められていく。部下のダニが味方になってくれたお陰で何とか打開策を出すが、起死回生とまではいかない。魅力的な微笑みを絶やさないクリスティーンに、容姿に恵まれないイザベルは歯が立たない。もはや学校での"いじめ"のレベルといえるほど執拗で陰湿、女同士の怨念と悪意の衝突はすさまじいまでの緊張感を生んでいく。
その過程で、デ・パルマ監督は情報を詰め込んで考える時間を与えない昨今の流行とは一線を隠し、腰を落ち着けてじっくりと彼女たちの胸の内を再現する。サスペンスの王道を行く演出だった。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「パッション」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20131007を参考にしてください。
本日はもう1本
「ランナウェイ 逃亡者」です。

正義の闘いだったはずなのに無辜の市民を死なせてしまった。その事実は30年を経ても良心の呵責となって元活動家たちを責める。罪を償うべきか逃げ続けるべきか。物語は、1960年代の過激派が、元同志の逮捕で窮地に追い込まれる姿を描く。もはや老人の域に達した彼は、今は平穏に暮らし守るべき家族もいる。だが消したかった過去は思わぬところからかま首をもたげてくる。そして彼の逃亡劇は自分自身の真実を再発見する旅でもある。相変わらず好青年が齢を重ねたようなロバート・レッドフォードが、息も絶え絶えにジョギングするシーンが時の流れを感じさせた。
30年前の銀行強盗殺人容疑で反戦運動の元闘士・シャロンがFBIに拘束される。新聞記者・ベンは事件の取材を進めるうちに、地元の弁護士・ジムの正体が同事件で指名手配中のニックだと突き止める。
FBIを出し抜いて逃走するニックは、かつての同志・ミミの消息を求め、昔の仲間を訪ね回る。当然30年前の忌まわしき亡霊ともいえるニックの訪問を歓迎していないのは明らかで、旧交を温め合うなどというセンチメンタルなことはしない。
それでも、決してニックを裏切ったりはせず、救いの手を差し伸べるのは、むしろニックに自らの過去の清算を託しているから。仲間との信頼だけは守ろうとする、命がけの修羅場を乗り越えてきた彼らの絆に、強固な意志を持って生きてきた人々の信念がうかがえた。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「ランナウェイ 逃亡者」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20131008を参考にしてください。
本日はもう1本
「ルノワール 陽だまりの裸婦」です。

降り注ぐ陽光、風にそよぐ木々や草原、小川のせせらぎ・・・。自然と気候に恵まれた南仏に居を構え、病気と闘いながら絵筆を操る老画家。若さの輝きに満ちた娘は彼の意欲を刺激し、体力の衰えを忘れさせてキャンバスに向かわせる。尻、胸、背中、顔の輪郭、曲線だけで素描された彼女の裸像は豊かなイメージを喚起し、人生の喜びを謳歌するよう。もはや情熱を発散させる年齢ではない、黙々と絵具を塗り、目の前の風景を絵筆一本で幸せの魔法がかかった世界に変貌させていく過程は、芸術家というより職人の技を味わう気分だ。
ルノワールの邸宅を訪れたアンドレはモデルに雇われ、彼のアトリエに出入りし始める。ルノワールはリウマチに侵され手足が不自由だったが、それでも指に絵筆を巻き付けてアンドレのヌードを描き続ける。
第一次大戦中とは思えないほどのどかな日常、そこに負傷して除隊になった二男のジャンが帰ってくる。ルノワールの創作に付き合い毎日アンドレの裸を見ているうちに、当然ジャンは彼女に魅かれていく。しかし、彼女は父のモデル、今まで父がモデルに手をだし母もそのうちの一人だと知っているジャンは複雑な心境だっただろう。
ただ、この作品は極めて散文的で、淡々とエピソードが語られるのみ。自転車をこぐアンドレの主観で始まるのだから、彼女が見聞した"ルノワール父子の真実"的なアレンジが欲しかった。美しい映像が紡ぎだす至福のシーンの数々が、物語に昇華されていないのは残念だった。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「ルノワール 陽だまりの裸婦」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20131006を参考にしてください。