2013年9月7日土曜日

こんな映画は見ちゃいけない!(9/7)

本日、とりあげる作品は
「アップサイド・ダウン」です。

大好きな女の子は真上から自分を見下ろし、ロープで手繰り寄せなければ上に"落ちて"いく。整然と区画されたオフィスは、床と天井が同じ構造を持ち、従業員も逆さになって働いている。重力が二重に作用する近接した双子の惑星、あらゆる生物も物質も生まれた惑星の引力の影響下にあるという設定のもとに作り上げられた上下対称の中間地帯のビジュアルは、慣れるまで少し意識が混乱するほどその世界観が精緻に再現されている。21世紀の諸問題を凝縮したような搾取と貧困、繁栄と荒廃、支配と隷従。重力によって線引きされた2つの世界はまさに上と下の関係だ。
上の星に住む少女・エデンと下の星のアダムは密会中に警察に見つかり、引き裂かれる。10年後、中間地帯に勤務するエデンを見かけたアダムはそこに就職、エデンに会いに行くが彼女は記憶を失なっていた。
アダムは"逆物質"を身に着け肉体を上の引力に順応させるが、長時間は持たない。デート中に"逆物質"が燃え始め命からがら下に逃げ帰ったりする。その上、アダムの前には引力だけでなく身分格差が立ちはだかる。このあたりの展開は禁じられた恋の物語にありがちなパターンだが、惑星の法則が同じ地平に立てないふたりの間にもどかしさを産み、浮いたり飛んだりと目まぐるしく動かす。
魔法のごとき科学でしか問題は解決できないからこそそこに夢が入り込む余地ができ、ラブストーリーをファンタジーに昇華させていた。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「アップサイド・ダウン」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130629を参考にしてください。
本日はもう1本
「わたしはロランス」です。

ずっと自分を偽ってきた。心の性とは違う体の性、違和感を覚えながらも社会に同調し、家族や恋人にも隠してきたが、もはやこのままでは自己崩壊が起きる。そう判断した男は女として生きる決心をする。好奇心、嘲笑、嫌悪感、"改性"した本人は覚悟ができている。だが心構えのできていない恋人にはすべてが耐えられない。胸が切り刻まれるような痛みを感じ、1日が無事に終わってやっと安らぐという不安定な日々が彼女を蝕んでいく。物語はふたりの10年の時の流れを追い、その愛と別れ、再会を繰り返す姿を描く。輝いていた過去は戻らない、そして選択とは何かを捨てることであると映画は訴える。
国語教師のロランスは文学賞の受賞を機に"心は女"だと同棲中の恋人・フレッドに打ち明ける。一度は取り乱したフレッドも、ロランスに協力する決意を固める。しかし、現実はふたりに厳しく冷たかった。
まだ性同一性障害が精神疾患と考えられていた1990年代、オカマでもゲイでもないロランスの性的し向は、普通の人には受け入れられない。フレッドも頭では理解していても今までだまされていた後味の悪さが付きまとう。
学校をクビになり傷ついているロランス、彼と一緒にいる辛さにフレッドが感情を爆発させるシーンには、世間の目と闘う難しさ以上に、最愛の人が別世界に行ってしまった寂しさと怒りがリアルに表現されていた。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「わたしはロランス」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130727を参考にしてください。
本日はもう1本
「大統領の料理人」です。

人生の転機は突然訪れ、ヒロインを嵐の中に放り込む。行先も告げられぬまま乗せられたクルマ、誰に仕えるのかも教えられぬまま連れて行かれた宮殿、そして男たちの不快そうなまなざし。まだ女性の社会進出が完全に浸透していなかった1980年代、映画はフランス大統領専属の女性コックが孤軍奮闘し、料理とはなにかを追求する姿を描く。旧弊を打ち破り、性差別に耐え、己のレシピを極めようとする彼女は求道者のよう。そこには恋も夢もなく、あるのは食べた人が満足したか否かの現実のみ。究極の美味も過剰な装飾も不要、家族のぬくもりを思い出させるような母の手料理の味が求められるのだ。
大統領の専属料理人となったオルタンス、旧態然とした男の世界に驚く。彼女は独自のメニューを毎日考案し、徐々に周囲の理解を得ていくが、自分の料理が口に合っているかわからず、苛立ちを募らせる。
直接お目通り叶わず嗜好を聞く機会がない。感想は給仕が下げた食器の残飯で推測するしかない。やっと大統領と話す時間を与えられ、贅を尽くした饗宴よりも素材の味を生かした素朴な家庭料理こそがいちばんの好みと知る。2人の会話は弾み、「食」とはフランス人が最もこだわる関心事であることをうかがわせる。
深夜の厨房でトーストのトリュフのせを振る舞ったときに大統領が漏らした弱音、一国の最高権力者に信頼されていたという自負がオルタンスに誇りと生きる勇気を与えていたに違いない。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「大統領の料理人」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130724を参考にしてください。
本日はもう1本
「夏の終り」です。

一見平和なカップルに見えるが、女はかつて夫と子供を置いて年下の愛人と駆け落ちした過去を持ち、男は正妻との家庭を行き来している。本来ならば愛憎渦巻く修羅場となってもおかしくはないのだが、彼らの生活は奇妙な調和を保ち、違和感なく収まるところに収まっている。物語は、不倫関係にあるヒロインの家に、以前の愛人が現れたのをきっかけに起きる波紋を描く。もう若くはないが仕事は順調に進んでいる。その中で2人の男の板挟みになり、激情に流されそうになる女と、煮え切らない男たち。強さはもろさ、優しさは優柔不断、そして愛は幻想、映画は登場人物の感情を繊細なタッチですくい取る。
作家の慎吾と同棲中の染色家の知子の家に、元恋人・涼太が訪ねてくる。慎吾が妻の下に帰っているあいだに涼太との仲を復活させた知子は、歪んだ三角関係を続けるが、慎吾の妻からの手紙を見つける。
不倫相手である知子の存在を妻に認めさせて、涼しい顔で知子の家に出入りする慎吾。当然知子と涼太の交情も知っているが気にかけていない。しかもそんな状態が日常になっても平然としている。まさしく作家らしい慎吾のモラルの欠如はかえって微笑ましいくらい。一方の涼太は知子への思いを募らせ、もはや耐えられないところまで追い込まれている。知子は2人の間で巧みに愛とセックスを使い分ける。
3人とも傷つき、苦しんでいる。それでも知子だけが困難乗り越えるしたたかさを持っているあたり、女の業を象徴していた。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「夏の終り」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130905を参考にしてください。