2013年10月5日土曜日

こんな映画は見ちゃいけない!(10/5)

本日、とりあげる作品は
「R100」です。

突然現れた女王様に回し蹴りを喰らい、握りずしを叩き潰され、噴水に沈められる男。苦痛の奥にある愉悦に思わず目を細めほおを緩める。病床の妻を心配しながら一人息子とつつましく暮らす彼にとって、唯一心が休まる瞬間だ。物語はSMクラブと特別な契約を結んだ主人公が徐々に蝕まれていく姿を描く。肉体的だけではない、精神的にも追い詰められる彼の、もう逃げ出したい、でも忘れられない、一度足を踏み入れると絶対に抜け出せない禁断の忘我をシュールな映像で再現する。既成の価値観で理解しようとしてはいけない、ただ受け入れるのみ。松本人志も"考えるな、感じるんだ"の境地に達したようだ。
サラリーマンの片山はSMクラブ"ボンデージ"に入会、その日から日常生活に女王様が闖入し彼を責める。当初片山はサプライズに満足していたが、次第にエスカレートするプレイに悩まされ始める。
女王様が片山の職場を訪れ彼を鞭打ち罵倒する場面には不安を、妻が入院する病室で片山を縛りろうそくを垂らすシーンには危うさを覚え、身の危険を感じた片山が警察に相談する気まずさと困惑には脇腹をくすぐられる。さらに謎の男が警告を発したりするなど、一応ストーリーはあるが、もはや限りなく妄想に近いまったく先の読めない不条理な展開。
だがそこから発散される豊穣なイマジネーションは強烈な引力を放ち、笑いと共感と未体験の興奮を味あわせてくれる。
お勧め度=★★★★(★★★★★が最高)「R100」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130815を参考にしてください。
本日はもう1本
「フローズン・グラウンド 」です。

昼なお薄暗い極北の地、弱々しい太陽の光は町の片隅でひっそりと生きる人々には届かない。それでも石油目当てに様々な人が集まり、夜の街を徘徊する女たちを餌食にする変質者も密かに牙を研ぐことができる。映画は1983年にアラスカで発覚した大量殺人事件を追う。善良な市民として暮らす犯人、わずかな手がかりを元に現在と過去を結びつけていく刑事。沈んだ映像が犯人の心の闇と被害者の絶望を象徴し、邪悪なエネルギーとなって刑事に伝わっていく。
保護された娼婦・シンディはハンセンを告発、州警察のジャックは彼女の証言を元にハンセンの身辺を洗う。身元不明死体が連続して発見された事件との関連に気づいたジャックはシンディに協力を求める。
ハンセンは前科はあるが、今では市警察も認めるほどの模範的な住民。だが、娼婦ばかりを監禁・レイプしたうえ猟銃で射殺するという残忍な裏の顔を持つ。飛行機に乗せて原野で犯行に及び死体を埋めるために、なかなか警察の手が及ばず、ジャックたちは後手後手に回る。論理的な仮説は立てられるが証拠はない、そんな状況で右往左往しているうちにハンセンの魔手は唯一の証人であるシンディに再び伸びる。そのあたりの描写はあくまで感情を抑制し、サスペンスを盛り上げるような演出はしない。
ハンセンを演じたジョン・キューザックは狂気をあえて封じ込めて、人殺しが日常と化した男のダークサイドを表現する。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「フローズン・グラウンド 」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130822を参考にしてください。
本日はもう1本
「マリリン・モンロー 瞳の中の秘密」です。

マリリン・モンローのシンボルともいえる左ほおのホクロ。デビュー間もないころの写真にはなかったり、彼女のセックスアピールの証となった後も、時に大きくなったり小さくなったり、薄くなったり消えたり。シチュエーションに応じて微妙に見かけが変わっていることに初めて気づいた。映画ではホクロの件には触れていないが、その変化は、彼女の波乱万丈の人生を象徴しているかのようだ。
マリリン・モンローについて書かれ出版された本は1000冊を超え、最近2箱分の手紙が見つかる。そこには彼女の夢、努力、不満、孤独などが赤裸々につづられ、彼女の知られざる一面を知ることができる。
20世紀FOXのカメラテストを受けたマリリンは大物プロデューサー・ザナックと寝て役を与えられる。彼女は"枕営業"を恥じてはおらず、スターになるためのステップと割り切っている。もちろん他の女優以上にレッスンに励み、チャンスが来た時の準備は怠らない。さらに無名時代のヌード写真流出事件も利用して売名を図る。
後に、NYで本格的に演技を学び、自己の深層を見つめる作業に没頭する。その先にあるのは誰にも理解されない不安と恐怖。だが、契約を棒に振って出席したJFKのパーティでも、やっぱりセクシーなマリリンを演じている矛盾。マリリン・モンローという虚像の大きさに耐えきれなかった彼女の苦悩の深さは、"alone!!!!!!"の言葉の後に付いた感嘆符の数が物語っていた。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「マリリン・モンロー 瞳の中の秘密」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130831を参考にしてください。

2013年10月3日木曜日

こんな映画は見ちゃいけない!(10/3)

本日、とりあげる作品は
「謝罪の王様」です。

ただきちんと謝ってほしかっただけ。相手の思いに気づかず謝罪のタイミングを逃し、いたずらに事をこじらせる。映画は "謝罪の言葉を口にしたら負け"という米国流の悪しき習慣に染まってしまい、道や電車で他人にぶつかっても知らんぷりし、失敗しても自分の落ち度を認めようとしない昨今の日本人に、「ごめんなさい」は社会生活の潤滑油だと再認識させてくれる。
係争相手の怒りを鎮める謝罪師・黒島は、ヤクザと交通事故を起こした典子を助手に雇う。典子はセクハラで訴えられた会社員のケースを担当するが交渉は難航、黒島が奥の手を使って訴訟を取り下げさせる。
その後も芸能人夫婦の謝罪会見、やり手弁護士と娘の不和の修復など難問を解決していく。彼らはみな悪意があるのではなく、反省の気持ちを表現するのが下手なだけ。黒島はそんな彼らに、どうすれば相手の心を開けるかをレクチャーする。あくまでコミカルに処理し説教くささを消しているが、黒島のノウハウは実生活で応用できるほど具体的で、思わずメモしたくなった。さらに外交問題を一任され、そこでも重大な過失ほど素早く誠意のこもった対応を見せる大切さを説く。
互いに無関係に見えるそれぞれのエピソードの依頼人同士が実は細い糸で繋がっていたり、何気ないシーンが別のシーンの伏線になっているなど、宮藤官九郎の脚本は熟練のテクニックみせる。特に少女が口ずさむ「わき毛ボーボー自由の女神」が頭から離れなかった。。。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「謝罪の王様」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130930を参考にしてください。
本日はもう1本
「地獄でなぜ悪い」です。

過剰な言葉、過剰なサウンド、過剰な演技、過剰なイメージ、そして何より映画への過剰な愛。五感のみならず思考までも支配しようと試みる凶暴な映像の数々と、先が読めない奇想天外な展開は、まさに全開の園子温ワールド。信念を曲げず目標に向かって突き進む青年と、妻子のためにすべてをなげうつヤクザ、野性を秘めた娘と彼女に心を奪われた男たちが入り乱れて繰り広げられる大殺戮は、血と暴力の饗宴を原色アートの域に昇華させている。だが、もはや暴走列車と化した物語の加速と破壊力に感性は追いつかず、トップスピードに達する前に悪酔いしてしまった。。。
映画監督を目指す平田は、"映画の神"に見出される日を待つばかり。ある日、娘のミツコ主演の映画を撮りたいヤクザの組長・武藤に拉致されたコウジから、アクション映画の監督を依頼される。
やる気はある、アイデアもある、でも才能はなくチャンスはこない。"映画監督"という肩書で自己陶酔に浸っている平田は、あらゆる映画青年の象徴。根拠もなく願いがいつか叶うと信じる自信だけが彼を支えている。一方の武藤は義理人情を重んじる古いタイプの武闘派で、いまだ切った張ったの世界に生きている。
基本的な設定で、ブルース・リーと深作欣二へのオマージュといったタランティーノの二番煎じではなく、現代の映画青年やヤクザが影響を受けたクリエイターに焦点を当てていれば新鮮さを感じたはずだ。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「地獄でなぜ悪い」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20131001を参考にしてください。
本日はもう1本
「イップ・マン 最終章」です。

武術家でありながら、哲学者のようでもある。いかなる時でも表情を変えず呼吸も乱れないない物静かな風貌は、達人の域にあることを示す。床に置いた新聞紙の上から一歩も動かず攻撃をしなやかに受け流し、相手の力と体重を利用して、最小限の動きで反撃するテクニックは芸術的。武術とはケンカの道具ではなく己の鍛練につかうべきもの、パワーやスピードを合理的に使いこなすところに奥義があるのだ。
1949年、香港に拠点を移したイップ・マンは雑居ビルの屋上に道場を開く。弟子たちは労働争議に参加したりするうちに、白鶴道場の弟子とイザコザを起こし、イップは道場主のン・チョンと闘う羽目になる。
イップもンもお互いの力量を図るためにまず問答を交わし、相手を値踏みする。その、求道者にのみ許された駆け引きが緊張感を誘う。また、地面に突き刺された数十本の太い杭の上で獅子舞を舞いながら繰り広げられるカンフーアクションはスピーディかつスリリングで、こんなスタントを考え出す香港映画人の意気込みに敬服した。
やがて、弟子のひとりがアングラファイトで九龍城の黒社会とトラブルになると、イップは弟子を率いて救出に向かう。敵味方大勢のファイターが入乱闘する中で、イップは拳だけでなく棒術を披露するし、ギャングのボスは鉤爪を使うなど、このシーンはまさに「燃えよドラゴン」のクライマックス。イップ・マンの物語を描いていても、やはり香港映画の源流はブルース・リーにあると、改めて思い知らされた。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「イップ・マン 最終章」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20131002を参考にしてください。

2013年9月28日土曜日

こんな映画は見ちゃいけない!(9/28)

本日、とりあげる作品は
「TRASHED ゴミ地球の代償」です。

放置する、埋め立てる、焼却する。大量消費・使い捨ての時代、人間の日常生活から排出されるゴミは膨大な量となり、もはや適切に処理できなくなってきている。そこで問題視されるのはペットボトルやレジ袋といった自然分解されないプラスティック製のゴミ。それらはいつしか海に流出し、微生物が体内に取り込み、さらに食物連鎖を経て上位捕食動物に蓄積されていく。映画はジェレミー・アイアンズをガイドに世界のゴミ事情をレポートする。衝撃的な映像の数々は、ライフスタイルを改めなければ近い将来地球にぬぐい難い禍根を残すと警鐘を鳴らす。
環境に関心が深いジェレミー・アイアンズは、レバノンの古都・サイドン近郊でトラック満載の未処理のゴミが捨てられていく光景を見て驚く。英国では住宅地のすぐそばに大きな穴を掘りゴミを埋めている。
19世紀末以降、ゴミが急速に有毒化したのがいちばんの懸念材料とジェレミーは訴える。特に焼却したときに発生するダイオキシンが人体にもたらす影響は深刻。ベトナム戦争時にダイオキシン汚染された奇形児や胎児の標本は思わず目を背けたくなる。圧倒的にゴミを焼却場で処分するケースが多い日本においては他人事とは思えない恐怖だ。
当然ではあるが、最善の解決策はゴミを出さないこと。オーガニックを売りにする食料品・雑貨店では客にエコバッグを持参させ、無駄な包装は避けている。それが普通の市民にできるエコロジー活動なのだ。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「TRASHED ゴミ地球の代償」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130913を参考にしてください。
本日はもう1本
「椿姫ができるまで」です。

抒情的でリリカルな前奏曲でのパフォーマンスから大胆な意見を交わす演出家とプリマドンナ。激しい応酬にもかかわらず、お互いの考え方を理解しようとする2人はどこかこの議論を楽しんでいるよう。あまりにも有名で世界的に愛されているオペラ、その解釈は冒険しすぎると前衛的とそっぽを向かれ、チャレンジが少ないと凡庸と評される。そういったプレッシャーの中で新たなヒロイン像を構築していく2人。映画はエクサン・プロヴァンス音楽祭で上演された「椿姫」の制作に密着する。スタジオでの顔合わせからステージでのリハーサルまで、「椿姫」の物語の進行とともにオペラも完成に近づいていく斬新な構成のおかげで、メイキングと音楽の両方を味わえる。
稽古場に集められたか「椿姫」の主要キャストたち。ヴィオレッタ役のナタリーに演出家のシヴァディエが感情を解き放てと指示を出す。ピアノ伴奏でヴィオレッタになりきるナタリーは試行錯誤する。
第1幕、舞踏会が始まると、快楽が人生と信じるヴィオレッタの思いを体で示すナタリー。様々なキメポーズを披露する場面に彼女の繊細さが反映される。ヴィオレッタがアルフレードと出会い、快楽より大切なものに気づくシーンは、まさしく己の生きるべき道を発見する瞬間。
"不思議"という言葉について延々レクチャーするシヴァディエの狙い通り、ナタリーは愛こそが人生の真実と目覚めるヴィオレッタを歓喜に満ちた歌と演技で表現することに成功する。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「椿姫ができるまで」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130821を参考にしてください。

2013年9月26日木曜日

こんな映画は見ちゃいけない!(9/26)

本日、とりあげる作品は
「そして父になる」です。

いわゆる"勝ち組"ライフを謳歌し、努力を惜しまないエリートビジネスマン。彼はひとり息子に過大な期待をかけているが、闘争心の乏しさに物足りなさを覚えている。そして息子が生物学上の子でないと知った時、"やっぱり"と口にしてしまう。息子を愛していないわけではない、でもどこかで引っかかっていた違和感、その原因がはっきりし、男はますます傲慢になっていく。物語は気付かずに他人の子を育てていた2組の夫婦が真実に直面し、戸惑い苦悩していく過程で、人生で一番大切なことを学んでいく姿を描く。それぞれの立場で現実を受け入れるしかない、彼らのリアルな感情が胸を締め付ける。
高級マンションに住む野々宮の元に、6歳の息子・慶多は取り違えられた他人の子だったと連絡が入る。本当の息子・琉晴は斎木という電気店夫婦に育てられていたが、子供たちを元の親に戻すと同意する。
相手の家に試験的にお泊りする子供たち。貧乏でも子簿脳な斎木の家で、おとなしかった慶多は重荷をおろしたように生き生きし始める。一方の琉晴は無機質なマンション暮らしに馴染めない。上から目線の野々宮と同じ高さに視線をあわせる斎木、格差の対極でも、子供にとってどちらが心を開きやすいかは一目瞭然。
頭でっかちの野々宮はなぜそうなるのか理解できず、カネで解決しようとさえする。2人の父親の人物像は極端に類型的だが、彼らの思考回路はわかりやすく整理されていた。
お勧め度=★★★★(★★★★★が最高)「そして父になる」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130805を参考にしてください。
本日はもう1本
「凶悪」です。

拡大コピーした住宅地図から目星をつけた家をしらみつぶしに当たる。やっと見つけたキーパーソンは口が重く有効な手がかりはなかなかつかめない。それでも聞き込みを続け、かかわった人々の人物像を浮き彫りにする過程で、重大な犯罪の確信を深めていく。死刑囚の話は信じられるのか、小出しにされた情報に振り回されながらも男はのめり込んでいく。まさに調査報道の王道を行く展開、ところが真実に近づくにつれ明らかになるのはおぞましいほどの人間のエゴばかりだ。ピエール瀧とリリー・フランキーが演じる犯罪者が、救いのない物語にすさまじいまでのリアリティを吹き込んでいる。
雑誌記者の藤井は、死刑囚の須藤から、警察も知らない殺人事件の告発を受け、独自に取材を進める。須藤の曖昧な告発書を元に被害者の足跡をたどるうちに、木村という男の過去が明らかになっていく。
普段は温厚な顔で家族や舎弟を大切にしている木村と須藤。だが、借金で首が回らない男を殺し焼却炉で燃やし、生き埋めにし、さらに家族から見捨てられた老人に保険金をかけて引き取り、いたぶった挙句命を奪う。その切り替えが劇的に起きるのではなく、あくまで日常の延長として殺人と死体処理が行われる。
そこには悪事を働いている自覚などない。身寄りのない土地持ち老人を"油田"に例える木村の厚顔に、善悪を超越した人間の恐ろしさが凝縮されていた。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「凶悪」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130925を参考にしてください。
本日はもう1本
「ビザンチウム」です。

永遠の若さの代償は果てしない孤独。その秘密ゆえに人間とは心を通わせられず、同類からは追われている少女は、ノートに心情を綴っては破り捨てている。彼女が好意を寄せる少年は、難病で余命いくばくもない。映画は人目を避けて放浪するバンパイア母娘の関係が、新しい町での娘の恋によって壊れていく過程を描く。母みたいに強くはなれない、でも己の人生を選びたい、そんなヒロインの感情が切なく、時が止まったままの彼女の苦悩が浮き彫りにされる。望んでも死が許されない彼女たちの哀しみは、忘れ、忘れられることでしか癒されないのだ。
200年以上の時間を過ごしてきたバンパイアのクララとエレノアは、海岸の小さな町に流れつく。ある日、エレノアは白血病の少年・フランクと出会い、彼に自分の生い立ちを顧みた物語を読ませる。
普段は死を間近にした老人の血しか吸わないエレノアが、傷口から流れ出たフランクの血がしみ込んだハンカチをむさぼるようにすするシーンに、渇きに耐えきれない彼女の本性が見え隠れする。一方でクララは殺されて当然のポン引きか、正体を知った人間しか襲わない。
かつて昼間は暗がりで息をひそめ、人間の敵として忌み嫌われていた怪物然としたバンパイアの面影はもはや彼女たちにはなく、死ねない苦痛にさいなまれつつも生き続けなければならない姿は、まるで自らを罰しているかのようだ。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「ビザンチウム」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130924を参考にしてください。
本日はもう1本
「エリジウム」です。

劣悪な住宅に押し込まれた労働者は工場での危険な作業を余儀なくされ、大けがを負ってもほとんど補償されない。19世紀の工業国を思わせる格差社会、搾取される側は最低限の権利さえ与えられず貧困にあえいでいる。他方、人工衛星上の楽園に暮らす富裕層は先進の医療を施され、健康で快活な生活を享受している。人口増によって荒廃した近未来の地球、物語はスラム化したLAから脱出しようとする男の冒険を通じて、人が人として生きる意味を問う。高圧的なロボットの警官や役人に卑屈な態度をとる主人公が、権力に対して怒りより恐れを感じている、そんな希望なき"負け組"に生まれた彼の諦観が哀しい。
余命5日を宣告されたマックスは、エリジウム行きのシャトルに乗るために、工場の経営者を襲ってデータを奪う。エリジウムのNo2・デラコート長官は工作員のクルーガーにマックスを確保するよう命じる。
経営者はマックスら労働者にバイ菌を見るような目で接し、デラコートも不法侵入者のシャトルを容赦なく撃墜するなど、地球人の命など顧みない冷酷な特権意識を持っている。選民思想が支配層の常識になり、科学技術は進んでも人間の理性は後退しているあたり、行き過ぎた自由主義経済の暗い未来を予言しているようだ。
エリジウムに着陸したマックスの大活躍以外にもデラコートのクーデター計画や、秘密を知ったクルーガーの反乱などを盛り込んだために、いたずらに話が入り組んでアクションの切れ味を殺がれていた。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「エリジウム」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130923を参考にしてください。

2013年9月21日土曜日

こんな映画は見ちゃいけない!(9/21)

本日、とりあげる作品は
「甘い鞭」です。

四つん這いにされ、緊縛され、脚を広げたあられもない格好を強制された上で鞭打たれる女。肉体を痛めつけられることで、彼女はもう一度あの甘美な陶酔を味わいたいと願う。レイプされる恐怖でもない、服従を強いられた自我の放棄でもない、苦痛を超越した忘我でもない、そんな忌まわしいはずの過去が彼女の胸のなかでいつしか生きる目的になっている。物語は、高校時代に凄惨な事件の被害者になった経験のある女医が、凌辱の果てにたどり着いた禁断の境地を模索する姿を描く。聖女と娼婦を使い分ける壇蜜の熟した果実のような肢体がなまめかしく悶絶する映像は、世紀末的な退廃すら感じさせる。
産科医の奈緒子は、夜はM嬢としてSMクラブで男に体を提供している。彼女は17歳の時、変質者に1カ月間拉致監禁されたときに覚えた"甘い味"を忘れられず、以来それがなんだったのか探し求めていた。
17歳の奈緒子は男に縛られベルトで打たれる。32歳の奈緒子はプレー用の鞭に尻をさらす。逃げ場がなく命の危機と紙一重で絶望と闘っていた17歳の体験はSMクラブで再現きるものではなく、今の奈緒子は不満が募るばかり。彼女の体と心に刻まれているのは、あの一瞬の愉悦。それは事件の記憶以上に彼女の人生に影響を与え続けている。
映画は、奈緒子の肉体と精神を極限にまで追い詰めた時に現れる至高の感覚をひたすら追い続け、その過程で露わになる人間の本質を赤裸々に抉り出していく。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「甘い鞭」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130705を参考にしてください。
本日はもう1本
「ウォーム・ボディーズ」です。

薄れゆく記憶の中に少しだけ存在する意識は、死んだはずなのに生き続ける青年にとって苦悩の源。まだ人間の部分は残っている、でも空腹に耐えきれず人間に噛みついてしまう、かといってまったく理性を失ったガイコツにはなりたくない。そんなアイデンティティクライシスに陥ったゾンビ像が新鮮だ。物語は食料調達に出たゾンビが人間の少女に一目ぼれしたのをきっかけに起きる冒険を描く。決して恋に落ちてはいけない相手、しかしその思いは抑えきれない。映画は、他者への愛がハートに血を通わせ、生きる動機になり喜びを生むと訴える。
ゾンビとして無為に時間を過ごすRは、医薬品調達に来た人間の一団を襲ったときに、そこにいたジュリーに心を奪われる。ジュリーを匿いつつ彼女の歓心を買おうとするうちに、Rの体に変化が現れる。
人間はもちろんゾンビを警戒している。それ以上にゾンビたちも人間に"殺されない"ように集団行動を取る。ここではゾンビも"死"を恐れているという矛盾が、ユーモアを感じさせつつも、ゾンビでいる辛さを象徴する。Rにとってジュリーは無間地獄から救ってくれる希望に見えたのだろう、ジュリーの恋人の脳を食べて彼らの思い出を吸収し、その願いを確信に変えていく。
一方のジュリーも、Rが彼女を食うつもりがないと知って敵意を解く。争っているばかりでは悲劇が繰り返されるばかり、お互い理解しあえば新たな関係が構築できると、ふたりは身をもって証明しようとする。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「ウォーム・ボディーズ」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130809を参考にしてください。

2013年9月19日木曜日

こんな映画は見ちゃいけない!(9/19)

本日、とりあげる作品は
「ウルヴァリン:SAMURAI」です。

三助おばさんにたわしでこすられたり、寺の坊さんがみな刺青を入れたヤクザだったり、剣道稽古や忍者軍団がやたら空中で回転したり、場末のラブホテルの奇妙なコンセプトに面食らったり……。不老不死を誇るミュータントも、古い因習・伝統と洗練された技術力が混在する不思議の国・ニッポンでのアウェイ戦はハプニングに見舞われっぱなし。来日経験がない米国人の日本へのイメージを見事に再現している。むしろ笑いを誘うほど戯画化されたシチュエーションに対するディテールへのこだわりが、映画にユーモアをもたらしている。
ウルヴァリンは日本人実業家・矢志田に東京に呼ばれが、重病の矢志田はウルヴァリンに死を与えると言い残して息絶える。ウルヴァリンは葬儀会場で誘拐された矢志田の孫娘・マリコを救い逃亡する。
永遠に生き続けるのは永遠の苦みなのか。愛した者にはいつも先立たれ、思い出はいつしか悪夢にかわって熟睡できる夜はない。そんなウルヴァリンが、初めて治癒能力を失い、傷ついていく。気を失うほどの痛みと出血が限りある命の証。無為な長生よりは目的のある死を選ぶ、その精神が人間を進化させてきたとウルヴァリンは知る。
田舎の村人と交流したウルヴァリンは、限りある命だからこそ他人と交わりを大切にし、精いっぱい生きる充実感を学んでいく。そして、自分を必要とする日本人と積極的にかかわって己の人生に意味を持たせようとする。この戦いはウルヴァリンの「自分探しの旅」なのだ。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「ウルヴァリン:SAMURAI」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130917を参考にしてください。
本日はもう1本
「許されざる者」です。

馬には振り落とされる。刀は錆びている。ぶちのめされて顔を切りつけられる。何よりも死を恐れている。伝説の人斬りと呼ばれた男もすでに老い、日々の暮らしに窮するただの開拓農民。だが、作物が実らず子供たちに満足な食料を与えられないほどの貧しさに追い詰められたとき、亡き妻との約束を破って再び武器を手にする。その過程で、主人公たちが地平線まで広がる荒涼とした大地を渡り、森や小川沿いの道なき道をひたすら進む壮大なスケールの映像に圧倒される。そこに、弱き者、虐げられた者、すべてを失った者、無様でみじめで女々しいけれど人間としての誇りまで捨ててない人々の魂が慟哭となって共鳴し、巨大な感情のうねりとなってスクリーンにあふれ出す。
辺境の街で女郎が農民に顔を切られるが、警察署長の大石は穏便に事を収めようとする。復讐を誓った女郎仲間たちは犯人に懸賞をかけ、かつての戦友・金吾に誘われた元反政府派の十兵衛も街に向かう。
女郎の顔を切った男は賠償し、彼の相棒は悔いて詫びを入れる。強権的な大石は賞金稼ぎから街の秩序を守ろうとしている。女郎屋の主人も当時の価値観に照らせばまっとうに商売している。ある意味、この街に死に値する者は誰もいない。
一方で、もう人を殺めたくないと願っていた十兵衛がカネ目当てに街にやってくる。煮え切らない態度を取り続け、最後まで迷いを吹っ切れない十兵衛の表情に、"生きる"という業を背負った人間の大いなる苦悩が凝縮されていた。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「許されざる者」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130916を参考にしてください。

2013年9月14日土曜日

こんな映画は見ちゃいけない!(9/14)

本日、とりあげる作品は
「あの頃、君を追いかけた」です。

勉強なんてダサい、仲間とふざけ合っている時間のほうがずっと大切。1日を楽しく過ごすことしか考えていない男子高校生、そんな彼のお目付け役にクラス1の秀才美女が指名される。最初は反発しあいながらも、お互いの優しさを触れるうちに、いつしか惹かれあうふたり。授業中のイタズラ、放課後の校庭、居残りの教室。ありふれた学校の風景をノスタルジックに描くのは青春モノの王道、時に登場人物の見当はずれな言動と微妙な間が、それらの瞬間をかけがえのない思い出の一コマとして輝かせる。映画は随所にコミカルなシーンをちりばめ、観客を笑いと懐かしさに包み込んでいく。
不真面目な高校生・コートンはいつも5人の悪友とつるみ、退屈な学園生活に刺激を与えようとしている。コートンに手を焼いた担任は、クラスのマドンナ的存在・チアイーに彼の指導を押し付ける。
冷たい優等生だと思っていたチアイーが、実は悩み多い普通の女子と知ったコートンは、彼女との距離を一気に縮める。しかし、他の友人たちがチアイーに告白しては撃沈される中、コートンは友達以上の関係に踏み込もうとはしない。チアイーが好きなのに認めたくないコートン、チアイーもまたコートンが気になっているのに素直になれない。
ヘアスタイルを変えて相手にだけわかるようにアピールしているのに、どうしても自分の気持ちを言葉で伝える勇気がない。ふたりの、恋愛に不器用な純情さがもどかしく、思わず背中を押してやりたくなった。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「あの頃、君を追いかけた」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130808を参考にしてください。

2013年9月12日木曜日

こんな映画は見ちゃいけない!(9/12)

本日、とりあげる作品は
「共喰い」です。

快感の極致に達すると暴力の衝動を抑えきれなくなり、思わず相手を殴り首を絞めてしまう。そんな性的嗜好の父親を持つ息子は、自分にも同じ血が流れているのを自覚し、嫌悪し、苦悩する。倦怠、諦観、絶望……人間が吐き出すあらゆる負のエネルギーが堆積し腐臭を放つ川辺の街、映画はそこから抜け出せず悶々とする高校生の日常を通じ、生きるとは業を背負うことだと訴える。好きな女といるのに楽しくない、セックスしても愛はない、何より息苦しくなる環境で、己の本性を知ってしまった主人公の表情が切なく哀しい。
父・円とその愛人・琴子の3人で暮らす遠馬は、幼馴染の千種とのセックスに自信が持てず、産みの母・仁子に愚痴をこぼす。ある日、千種の首を絞めてしまい嫌われる。一方で琴子は妊娠したと遠馬に告げる。
女たちは、殴られ首を絞められる恐怖に死を覚悟したはず。しかし、なぜか彼女たちは円となかなか別れられず、仁子も琴子も妊娠するまでは黙って耐えている。それほどまでに円が魅力的なのか、映像からはうかがい知れない。ここで描かれるセックスには尊敬や慈しみはまったくなく、裸の肉体を重ね、交合し、射精するばかり。千種に至っては、遠馬を受け入れても痛みを感じるのみ。
あまりにも身勝手なセックスを女たちに強要し繰り返す父子に共感できる要素はないが、ただ性欲を発散させるために生きている2人の破滅的な姿には滑稽さが漂う。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「共喰い」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/201300909を参考にしてください。
本日はもう1本
「ジンジャーの朝」です。

迫りくる核戦争の危機、終末のイメージは多感な年ごろの少女に重く暗い影を落としていく。同時に周囲の大人たちが俗物に見え始め、自分だけがピュアな存在だと思い込む。物語は、同じ日に同じ病院で生まれた2人の女の子が双子の姉妹のように育ち、やがてそれぞれの道を歩みだすまでを描く。なんでも話し合った、秘密も共有した、いつも一緒にいた、だが禁断の一線を越えてしまった。様々な体験で視野は広がったが、思い通りに進まないことの多さに苛立ちは募るばかり。そんなヒロインが見つけた、大人への通過儀礼というにはあまりにも残酷な真実。揺れ動く彼女の感情をエル・ファニングが繊細に演じる。
ジンジャーとローザは将来の夢を無邪気に語り合う17歳。反核・反戦集会に顔を出したりしながらも日々過ごしている。ある日、ジンジャーは父・ローランドとローザが付き合っているのを知る。
いつ始まるともしれない核戦争にジンジャーは気が気ではない。一方で周りの人々は、人類滅亡の瀬戸際であるのに関心が低く、その態度がジンジャーには腹立たしい。特に、かつてアナーキストとして投獄された経験もあるローランドは"人生を楽しめ"と、個人の生活を優先させる。それどころか、家出してきたジンジャーを泊め、隣の部屋でローザとセックスする始末。
世界が核戦争で壊れる前に、家族や友人関係といった最小単位の世界が崩壊する皮肉。親友と父に裏切られたジンジャーの苦悩が切ない。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「ジンジャーの朝」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130911を参考にしてください。

2013年9月7日土曜日

こんな映画は見ちゃいけない!(9/7)

本日、とりあげる作品は
「アップサイド・ダウン」です。

大好きな女の子は真上から自分を見下ろし、ロープで手繰り寄せなければ上に"落ちて"いく。整然と区画されたオフィスは、床と天井が同じ構造を持ち、従業員も逆さになって働いている。重力が二重に作用する近接した双子の惑星、あらゆる生物も物質も生まれた惑星の引力の影響下にあるという設定のもとに作り上げられた上下対称の中間地帯のビジュアルは、慣れるまで少し意識が混乱するほどその世界観が精緻に再現されている。21世紀の諸問題を凝縮したような搾取と貧困、繁栄と荒廃、支配と隷従。重力によって線引きされた2つの世界はまさに上と下の関係だ。
上の星に住む少女・エデンと下の星のアダムは密会中に警察に見つかり、引き裂かれる。10年後、中間地帯に勤務するエデンを見かけたアダムはそこに就職、エデンに会いに行くが彼女は記憶を失なっていた。
アダムは"逆物質"を身に着け肉体を上の引力に順応させるが、長時間は持たない。デート中に"逆物質"が燃え始め命からがら下に逃げ帰ったりする。その上、アダムの前には引力だけでなく身分格差が立ちはだかる。このあたりの展開は禁じられた恋の物語にありがちなパターンだが、惑星の法則が同じ地平に立てないふたりの間にもどかしさを産み、浮いたり飛んだりと目まぐるしく動かす。
魔法のごとき科学でしか問題は解決できないからこそそこに夢が入り込む余地ができ、ラブストーリーをファンタジーに昇華させていた。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「アップサイド・ダウン」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130629を参考にしてください。
本日はもう1本
「わたしはロランス」です。

ずっと自分を偽ってきた。心の性とは違う体の性、違和感を覚えながらも社会に同調し、家族や恋人にも隠してきたが、もはやこのままでは自己崩壊が起きる。そう判断した男は女として生きる決心をする。好奇心、嘲笑、嫌悪感、"改性"した本人は覚悟ができている。だが心構えのできていない恋人にはすべてが耐えられない。胸が切り刻まれるような痛みを感じ、1日が無事に終わってやっと安らぐという不安定な日々が彼女を蝕んでいく。物語はふたりの10年の時の流れを追い、その愛と別れ、再会を繰り返す姿を描く。輝いていた過去は戻らない、そして選択とは何かを捨てることであると映画は訴える。
国語教師のロランスは文学賞の受賞を機に"心は女"だと同棲中の恋人・フレッドに打ち明ける。一度は取り乱したフレッドも、ロランスに協力する決意を固める。しかし、現実はふたりに厳しく冷たかった。
まだ性同一性障害が精神疾患と考えられていた1990年代、オカマでもゲイでもないロランスの性的し向は、普通の人には受け入れられない。フレッドも頭では理解していても今までだまされていた後味の悪さが付きまとう。
学校をクビになり傷ついているロランス、彼と一緒にいる辛さにフレッドが感情を爆発させるシーンには、世間の目と闘う難しさ以上に、最愛の人が別世界に行ってしまった寂しさと怒りがリアルに表現されていた。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「わたしはロランス」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130727を参考にしてください。
本日はもう1本
「大統領の料理人」です。

人生の転機は突然訪れ、ヒロインを嵐の中に放り込む。行先も告げられぬまま乗せられたクルマ、誰に仕えるのかも教えられぬまま連れて行かれた宮殿、そして男たちの不快そうなまなざし。まだ女性の社会進出が完全に浸透していなかった1980年代、映画はフランス大統領専属の女性コックが孤軍奮闘し、料理とはなにかを追求する姿を描く。旧弊を打ち破り、性差別に耐え、己のレシピを極めようとする彼女は求道者のよう。そこには恋も夢もなく、あるのは食べた人が満足したか否かの現実のみ。究極の美味も過剰な装飾も不要、家族のぬくもりを思い出させるような母の手料理の味が求められるのだ。
大統領の専属料理人となったオルタンス、旧態然とした男の世界に驚く。彼女は独自のメニューを毎日考案し、徐々に周囲の理解を得ていくが、自分の料理が口に合っているかわからず、苛立ちを募らせる。
直接お目通り叶わず嗜好を聞く機会がない。感想は給仕が下げた食器の残飯で推測するしかない。やっと大統領と話す時間を与えられ、贅を尽くした饗宴よりも素材の味を生かした素朴な家庭料理こそがいちばんの好みと知る。2人の会話は弾み、「食」とはフランス人が最もこだわる関心事であることをうかがわせる。
深夜の厨房でトーストのトリュフのせを振る舞ったときに大統領が漏らした弱音、一国の最高権力者に信頼されていたという自負がオルタンスに誇りと生きる勇気を与えていたに違いない。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「大統領の料理人」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130724を参考にしてください。
本日はもう1本
「夏の終り」です。

一見平和なカップルに見えるが、女はかつて夫と子供を置いて年下の愛人と駆け落ちした過去を持ち、男は正妻との家庭を行き来している。本来ならば愛憎渦巻く修羅場となってもおかしくはないのだが、彼らの生活は奇妙な調和を保ち、違和感なく収まるところに収まっている。物語は、不倫関係にあるヒロインの家に、以前の愛人が現れたのをきっかけに起きる波紋を描く。もう若くはないが仕事は順調に進んでいる。その中で2人の男の板挟みになり、激情に流されそうになる女と、煮え切らない男たち。強さはもろさ、優しさは優柔不断、そして愛は幻想、映画は登場人物の感情を繊細なタッチですくい取る。
作家の慎吾と同棲中の染色家の知子の家に、元恋人・涼太が訪ねてくる。慎吾が妻の下に帰っているあいだに涼太との仲を復活させた知子は、歪んだ三角関係を続けるが、慎吾の妻からの手紙を見つける。
不倫相手である知子の存在を妻に認めさせて、涼しい顔で知子の家に出入りする慎吾。当然知子と涼太の交情も知っているが気にかけていない。しかもそんな状態が日常になっても平然としている。まさしく作家らしい慎吾のモラルの欠如はかえって微笑ましいくらい。一方の涼太は知子への思いを募らせ、もはや耐えられないところまで追い込まれている。知子は2人の間で巧みに愛とセックスを使い分ける。
3人とも傷つき、苦しんでいる。それでも知子だけが困難乗り越えるしたたかさを持っているあたり、女の業を象徴していた。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「夏の終り」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130905を参考にしてください。

2013年9月5日木曜日

こんな映画は見ちゃいけない!(9/5)

本日、とりあげる作品は
「サイド・エフェクト」です。

心も体も鉛の鎖で縛られ毒の霧の中にいるような気分が続き、思考とは別に手足が勝手に動き突飛な行動に走ってしまう。深刻なうつ病に苦しむヒロイン、彼女はやがて強力な副作用を伴う抗うつ薬に頼る。物語はそんな女が犯した罪のために窮地に陥った担当医が、事件の裏に隠された真実を暴いていく姿を追う。心身喪失状態で起こした殺人は罪に問えるのか。薬を処方した医師は責任を取るべきか。そして副作用を強く警告しなかった製薬会社の瑕疵はどこまで追求できるのか。クールで謎めいた空気をまとった映像は、人間だれもが他人の知らない別の顔を持つことを暗示する。
重度のうつ患者・エミリーは、出所したばかりの夫とやり直そうと努力している。ある日、彼女は自傷事故で入院、精神科医のバンクスから勧められた新薬は症状を改善させるがエミリーは夢遊病を併発する。
肉体的には健康で外見は元気そうに見えるのに、ちょっとしたきっかけで精神のバランスが崩れるエミリー。一方で英国のアクセントが鼻につくバンクスはどこか患者を見下した態度をちらつかせる。映画はまずこの2人の立場を鮮明に印象付け、のちにエミリーが夫を刺殺し原因が新薬の副作用と判断されると、か弱い患者対高慢な医師および製薬会社という構図を浮かび上がらせる。
巧妙なストーリーテリングとどんでん返し、S・ソダーバーグの演出は洗練を極め、先の展開が読めない上質のミステリーに仕上がっていた。
お勧め度=★★★★(★★★★★が最高)「サイド・エフェクト」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130713を参考にしてください。
本日はもう1本
「マン・オブ・スティール」です。

超人的な身体能力を持つ者は、普通の人間にとって驚きや憧れ以上に恐れの対象でしかない。ゆえに幼少時より父親から力の封印を躾けられた若者は、正しい使い方を探して放浪する。自分は何者なのか、なぜこんな力を持っているのか、物語はそんな主人公の魂の彷徨をみつめる。映画のプロローグ、宇宙の遥か彼方、崩壊しつつある惑星ととどまる人々の主導権争いは壮大かつ精緻なヴィジュアルに彩られ、圧倒的な情報量には目をみはるばかり。その映像には先進文明が生んだ哲学が貫かれ、強烈な引力となって観客を作品世界に引き込んでいく。
地球人に育てられたジョー・エルの息子・クラークは、養父の死後、あてのない旅に出ていた。ある日クラークは北極の氷床に埋まった飛行船を発見、そこでジョーからのメッセージを受け取る。
己の出自を知ったクラークは青いボディスーツに身を包み大空を飛ぶ。アイデンティティを取り戻した彼は初めて自由を得た喜びで全身を満たすかのよう。音速を超える飛翔のスピードが、失われた過去への決別と未来への希望を表現していた。
そして地球に現れたクリプトンの反逆者・ゾッド将軍一派。それは長年彼が探し求めていた人生の意義であり、誰はばからず良心に従って力を発揮できるチャンス。ある意味、ゾッド将軍はクラークの運命の扉を開くきっかけでもある。進むべき道を見つけたクラークだが、最初からこれほどの強敵を迎えてしまって続きが作れるのだろうか。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「マン・オブ・スティール」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130903を参考にしてください。
本日はもう1本
「オン・ザ・ロード」です。

セックスとドラッグとパーティ、まだ見ぬ世界に足を踏み入れた青年はたちまち溺れ、旅に出る。自分の殻を破るため、特別な友人と貴重な体験をするため、そして何より人生の真実を見つけるために。物語は作家志望の青年が風変わりな男と出会い、ニューヨークから中西部を経て西海岸まで往復する過程でかかわった人々とのひと時を描く。地平線に向かってひたすら伸びる道路、凍てつく真冬から抜けるような青空の夏、たそがれ時の太陽からネオンきらめく深夜まで、季節と時刻によってさまざまな顔を見せる風景が米国の広さを実感させる。
1947年NY、父の死に落ち込んでいたサルは友人にディーンを紹介され、常識や社会通念に捕らわれない彼の奔放な生き方に魅了されていく。後にデンバーに移ったディーンを訪ねるためにサルもNYを後にする。
複数の女と同時に付き合い、特にトラブルを起こさず人間関係を構築しているディーンは、男友達のカーロにまで片思いされるほど性的な魅力的の持ち主だ。だが、反抗するでもなく夢を追いかけているのでもない中途半端な存在で、ただ現実と真剣に向き合うことから逃げているようにしか見えない。
当時の若者の代表としてサルは彼に影響を受けていくが、サルは傍観者に徹するだけ。旅を通じて成長するでも人情の機微を味わうでもない。この手の"純文学"は発表された当時は衝撃的だったのだろう。しかし、21世紀の現代ではやはり語りつくされた感がある。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「オン・ザ・ロード」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130904を参考にしてください。
本日はもう1本
「劇場版 タイムスクープハンター 安土城 最後の1日」です。

あらゆる過去にタイムワープし、歴史の知られざる一面を発掘する仕事、当然史実を変えるような干渉は許されず傍観者に徹するべきなのに、どうしてもトラブルに巻き込まれる。物語はそんな少し危なっかしい主人公を通じ、記録には残っていない一般大衆の生活をレポートしようとする。ゼロ年代に大流行したフェイクドキュメンタリーの手法を時代劇と融合させるアイデアが秀逸で、歴史の生き証人になった気分にさせてくれる。
本能寺の変直後の京に派遣された時空調査員・沢島は、元信長家中の侍・権之介に取材中、幻の茶器を持つ島井の護送に同行する羽目になり、茶器にまつわる履歴の修正作業を命じられる。
その過程で、安土城焼失の謎を解明したいヒカリという新人調査員と合流しつつ権之介のインタビューを進める沢島。そして、飢えた町人や、村が野盗に略奪され虜になった百姓など、信長亡き後無法地帯となった日本で弱き立場の彼らが嘗める辛酸を目の当たりにする。それは天下を目指す英雄伝には決して描かれることがない、サイレントマジョリティの叫び。
だが、沢島の職分では彼らの事情に立ち入れず権之介らと共に野盗に捕縛されてしまう。このあたり、当時の人に未来の科学力の使用を禁止されている彼らはほとんど活躍できず、もどかしさばかりが募っていく。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「劇場版 タイムスクープハンター 安土城 最後の1日」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130901を参考にしてください。
本日はもう1本
「ガッチャマン」です。

突然上空から現れたかと思うと急降下し、流麗な体さばきで敵兵士を瞬時に倒す。さらにビルの壁面を駆け上り、宙を舞い、巨大なホイール型爆弾に挑む。映画は、中野から新宿にかけて仔細に再現された町並みで繰り広げられる壮絶な市街戦のプロローグで、一気に作品世界に引き込もうとする。しかしそこで展開される安っぽいアクションの数々は、TVの子供向け特撮ヒーロー番組の水準。肝心の"選ばれし戦士"も自分たちこそが人類の最後の希望という意識に乏しく、作戦遂行中に感情に流される始末。苦悩する等身大の若者としてさせたかったのかもしれないが、それを戦闘中にまで引きずるなど愚の骨頂だ。
ウィルスXに感染した人間はギャラクターに進化し、人類から地球を奪おうと戦争を仕掛ける。地球防衛組織は、健、ジョーら5人の"石"の力を操るエージェントをギャラクターに差し向ける。
イリヤはかつてジョーの婚約者で、健とも幼馴染のナオミを殺した仇敵。健は私情より任務を優先させるが、ジョーは復讐にはやる心を抑えきれず暴走してしまう。他にも怪力自慢の竜が戦う意義を問うたりする。800万人に1人しかいない"石"の適合者としてギャラクターに立ち向かう使命のもと、子供のころから訓練されているはずなのに、このメンタルの弱さはなんなのか。全く理解できなかった。
あの美しかったガッチャマンを貶めたのは、「誰だ!誰だ!誰だ!」と思わず叫んでしまった。
お勧め度=(★★★★★が最高)「ガッチャマン」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130830を参考にしてください。

2013年8月31日土曜日

こんな映画は見ちゃいけない!(8/31)

本日、とりあげる作品は
「ジェリー・フィッシュ」です。

話が合わないクラスメイトとは距離を置き、口うるさい両親とはそりが合わない。学校でも家庭でも疎外感を覚えている女子高生は水中で浮遊するクラゲに自身を重ねている。そんな彼女に同類の雰囲気を嗅ぎ取った同級生が接近してくる。やがて彼女たちは、お互いの肉体を確かめることだけが己の存在を証明する手続きであるかのように求め合う。男との愛のないセックスよりも、女同士の思いやりにあふれた抱合。繊細で傷つきやすい、でも傷ついても決して壊れない彼女たちの心の彷徨を、逆光を多用したソフトなタッチの映像で再現する。
水族館のクラゲ水槽の前で、夕紀は叶子に突然キスされる。その後もふたりは唇を重ね淋しさを埋め合わせていく。ある日、叶子が男子と付き合いだしたせいでふたりの間に微妙な隙間風が吹き始める。
夕紀はおとなしそうな外見とは裏腹に、セックスのなんたるかを知ろうとバイト先のDVD店店長と関係を持っていた。美人で溌剌とした叶子は、ボーイフレンドに抱かれていても表情は上の空。ふたりとも、イクことしか頭にない男とのセックスでは空疎な後味しか得られなかったのだろう。女同士だからこそ感じるポイントが分かっている安心感が、更にふたりの距離を縮めていく。
心も体も許しあったのに話せない秘密がある。友情を煮詰めて肉体関係に発展させたのに、やっぱりそれは探していたものではなかった。抑制された感情に、人生に対する彼女たちの諦観がにじみ出ていた。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「ジェリー・フィッシュ」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130812を参考にしてください。
本日はもう1本
「悪いやつら」です。

暴力団、検事、民間人…。同じ姓、同じ出身地ならどこかでつながっている。そして目上の者には頭が上がらない。韓国の伝統的な血縁社会で身内の係累を最大限に活用する男。度胸も腕っ節もないが他人の歓心を買う才能には恵まれた彼は、やがてボスをしのぐほどの力を蓄えていく。映画はしがない公務員から裏社会を仕切るまでになった半グレ中年男の半生を描く。大胆だが小心、媚を売るけれど虚勢も張る、ケンカは弱いが利に聡い。暴力がはびこり陰謀が渦巻く世界で、人脈を武器に仁義よりも実利を選ぶ彼はヒーローとは対極。見苦しさすら人間的な主人公をチェ・ミンシクがリアルな感情表現で演じる。
大量の覚醒剤をネコババしたイクヒョンは新興組織のボス・ヒョンベに転売、ヒョンベが遠縁の親戚と知って彼の元に出入りするようになる。ある日、イクヒョンはキムの組織の縄張り内のクラブに介入する。
自分のほうがヒョンベより上の世代と知ったイクヒョンは急にヒョンベに礼節を求め態度がでかくなる。1980年代でも儒教道徳に基づいた大家族制度が健在だったのだろう。一族は助け合うものという暗黙の掟は、時に法に優先し逮捕された彼らをたびたび救う。
特にベテラン検事とイクヒョンの関係は、つい20年ほど前までは前近代的な悪習が根付いていたことを物語る。極道としてのプライドがないがゆえに己の欲望に忠実になれる、大統領直々の犯罪組織撲滅命令はそんな封建制の悪しき名残を一掃する機会でもあったのだ。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「悪いやつら」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130731を参考にしてください。
本日はもう1本
「美輪明宏ドキュメンタリー 〜黒蜥蜴を探して〜」です。

ブロンドの長髪、年老いた魔女のような外見なのに、男性名を名乗っている。この人の人生を知らない世代の者にとって、男なのか女なのか、同性愛者なのか女装趣味なのか、直接本人に聞いてみたい謎は尽きない。映画は、彼が"女優"として出演した古い日本映画を見たフランス人映像作家が、美しく妖艶な姿に隠された素顔に迫る過程を描く。美少年歌手・俳優デビューした後、いち早く「女であること」に目覚め、性の先駆者となって20世紀後半から21世紀の現在まで走り続けてきた彼の半生は、波乱と刺激に満ちている。
1957年に丸山明宏の名で映画に出た三輪は小柄ゆえ女装に活路を見出し、それ以来女らしさを追求し始める。次第に世間は彼を"女優"と認知し始め、'70年代になるとそのスタイルは輝きを増し始める。
まだ同性愛がタブー視されていた当時、三輪は心無い人から「バケモノ」「死ね」といった罵声と文字通り石やガラス片を投げつけられたと語る。一方でそういう風潮だったからこそ、女以上に女っぽい彼の芸風は一部のアングラ劇団やアーティストには受け入れられ、活躍のチャンスを広げていく。
そして、ホモ告白の過去にも触れるが、どれほどの逆風が吹こうとも彼は己に正直であろうとする。もはや性別や性的嗜好の問題ではない、三輪明宏という一人の人間として見てほしい。そう願う彼の言葉は、差別や偏見を持つ、すべての人の心に突き刺さる。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「美輪明宏ドキュメンタリー 〜黒蜥蜴を探して〜」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130819を参考にしてください。
本日はもう1本
「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」です。

いつも一緒だった友人の死。原因が己にあると思い込み、悩み傷つき、まだ高校生の年頃なのに老成してしまった少年少女たちは、いまだに呪縛から逃れられない。もちろん幽霊だからといって恐れるわけではなく、彼女を仲間として迎える。物語は小学校の仲良し男女6人組の女子メンバー1人が事故死したのをきっかけに、残った者が葛藤を抱えながら生きていく姿を描く。十代の若さで過去に捕らわれ、苦悩し、他人の気持ちばかり考えてしまう彼らの優しさが痛々しい。
"超平和バスターズ"元リーダー・じんたんの前に、5年前亡くなっためんまが現れる。めんまはじんたんにしか見えないが、メンバーはめんまの存在を信じ、彼女がこの世に戻ってきた理由を探る。
小学生の時のように無邪気に戯れてはいられない。しかし、めんまと最後に交わした言葉だけは鮮烈に共有している。あの日、僕たちは何を伝えたかったのだろう、私たちは何を望んでいたのだろう。届かなかった思いと叶わなかった願い。再び秘密基地に集まった5人はめんまが成仏できるように頭をひねり、その過程でわが身を見つめ直す。
"好き"と口には出せなくても素直に態度に出ていた小学校時代とは違い、今は感情を巧みにオブラートに包むすべを心得ている。隠し事はナシというルールは生きていても、隠さないと相手を傷つけることを知っている。それでもやっぱり、親友たちにきちんと感謝したい。言葉の持つ力をあらためて教えられた作品だった。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130817を参考にしてください。

2013年8月29日木曜日

こんな映画は見ちゃいけない!(8/29)

本日、とりあげる作品は
「黒いスーツを着た男」です。

取り返しのないことをしてしまった男。放っておけなった女。悲しみの中で手をこまねいてる妻。一つの交通事故が3人の人生を交錯させ、彼らの苦悩を掘り下げていく。物語は、加害者と目撃者そして被害者の妻のバックグラウンドのディテールに踏み込み、人間の良心の在りかたのみならず、3つの階層が抱える社会問題をあぶりだす。成り上がりの労働者、インテリの小市民、市民権を制限された不法就労者、彼らがみな特別ではなく、どの立場に置かれたとしても共感を得られる人間であるという設定が、観客に問いかける。あなたならどうするかと。
結婚を控えたアルは労働者をひき逃げ、アパートから事故を目撃したジュリエットは被害者の身元を調べ妻のヴェラに連絡する。被害者の様子を密かに見にいったアルはジュリエットに気づかれてしまう。
自首を同僚に止められたアルはせめて見舞金を渡そうと金策に走り回り、ジュリエットに仲介を頼む。その過程で、結局自分の周りにいる人々は誰も親身になってくれないと知る。一方で胸の内を打ち明けられたジュリエットはアルに協力しヴェラの信用を失う。
このあたり、無責任にも無関心にも強欲にもなれない彼らの、人間としての理性と節度だけでなく弱さまで克明に描きこまれ、映画はある意味平凡な彼らの感情が、予想もしない展開に発展していく非凡さを見せる。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「黒いスーツを着た男」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130802を参考にしてください。
本日はもう1本
「上京ものがたり」です。

自分には特別な才能がある、そう思い込んで故郷を後にした女子大生。だが、東京での生活はシビアで、バイトに明け暮れる毎日が待っている。描いても描いても絵は認められない、転がり込んできた男とはずるずると別れられない、物語はそんな美大生のうだつの上がらない日常を追う。壮大な夢よりも目の前の現実、己の表現したいアートよりも編集者が求めるカット、そして何より生まれついてのセンスよりもあきらめずに努力を継続できる能力こそが"才能"であると、彼女は身を以て示そうとする。"最下位には最下位の戦い方がある"という言葉に象徴されるように、人生とは日々戦いなのだ。
東京の美大に入学した菜都美は万年ビリの成績。ある日バイト先のャバクラで先輩キャバ嬢・吹雪の娘・沙希に絵を気に入ってもらう。自信をつけた菜都美は出版社に売り込みにいくが、ことごとく断られる。
一方、プータローの良介と同棲する菜都美。時に彼の優しさに癒されるが向上心のなさに苛立っている。カネよりも大切なことがあると良介は諭すが、絵で生計を立てようとする菜都美は"稼いでこそプロ"と、カネの重要性を主張する。
ただ、エロ小説のイラストには、キャバクラでの下ネタトークや良介とのセックス体験が生かされているはずなのに、具体的なエピソードとして結実せず、吹雪母子との関わりもきれいごとの域を出ていない。もっと人間の深い業を前面に出してほしかった。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「上京ものがたり」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130826を参考にしてください。

2013年8月22日木曜日

こんな映画は見ちゃいけない!(8/22)

本日、とりあげる作品は
「スター・トレック イントゥ・ダークネス」です。

直観に従い、正しいと思えばどれほど無謀でも行動に移す男。何事もロジカルに考え、決してエモーショナルに流されず合理的に対処する男。全く正反対の性格の2人はコインの表裏のごとくぴったりと寄り添いながらお互いの欠点を補いあっている。カーク船長とミスター・スポック、今回はそのキャラクターをより際立たせ、壊れかけた友情と信頼を修復するまでを描く。感情と論理、それは生まれつき持つ性質と、成長の過程で身につける理性。だが、最後の最後では本質的な部分が少しだけ勝るのではと思わせる。彼らはロボットではない、血の通った人間なのだから。
軍事情報記録保管庫が爆破され評議会はハリソンと呼ばれる男を犯人に特定するが、会議場がハリソンに襲撃される。カークは提督の命令を受け、クリンゴン支配地域の惑星に逃亡したハリソンを追跡する。
宇宙空間で繰り広げられる戦場絵巻は3Dのスケール感で見る者を圧倒し、地上での肉弾戦はスピード感に手に汗握る。さらに小道具まで細密に再現された映像は臨場感にあふれ、過剰なほどの情報量が視覚を刺激する。
しかし、先住民族に追われるカークや、クライマックスでハリソンを追走するスポックなど、走るという人間の根源的なアクションが一番躍動感を伴っていたのは確か。やはり俳優が身体能力を極限まで駆使してこそ映画はスリリングになる。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「スター・トレック イントゥ・ダークネス」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130615を参考にしてください。

2013年8月17日土曜日

こんな映画は見ちゃいけない!(8/17)

本日、とりあげる作品は
「エンド・オブ・ウォッチ」です。

わずかな違反も見逃さず厳格に法を執行する制服警官。彼らにとって、担当する全米一治安が悪いといわれる一帯は絶好の狩場になる。ドラッグと暴力、銃撃と殺人が茶飯事と化した街で、日々彼らは見回り、摘発し、人命救助に奮闘する。映画はそんな2人の日常に密着、車載カメラやクリップカメラ、ハンディカメラの映像は圧倒的な臨場感とリアリティにあふれ、犯罪取締りの最前線をレポートするドキュメンタリーのようだ。そこで描かれているのは黒人ギャングの衰退とメキシコ系ギャングの隆盛だ。
LAサウス・セントラル地区をパトロールするテイラーとザヴァラは、黒人を逮捕したり子供を救ったりと大活躍。ある日、メキシコ系のチンピラに職質をかけるとトラックにドラッグと自動小銃を隠していた。
四六時中カメラを回し続けるテイラーは、警察署内のミーティングやロッカールームなど、普段部外者が目にできない場所でも撮影をやめない。記憶媒体に残された、時に危険も顧みない2人の行動は、スリルを楽しんでいるかに見える反面、相棒に恐怖を悟られないための蛮勇にも思える。そのあたり、感情表現に走らないこの作品のスタイルが、解釈に奥行きを持たせていた。
妥協しないテイラーは、記録することで自分たちを客観的にとらえようとする。そして目の当たりにした現実。ザヴァラのエッチ話の使い方は、命のはかなさを象徴していた。。。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「エンド・オブ・ウォッチ」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130725を参考にしてください。
本日はもう1本
「タイピスト!」です。

数十人のタイピストたちが一心不乱に指を動かし、速さと正確さを競う。成績上位者が勝ち残り、決勝戦は1対1の勝負。正面に相対してお互いの表情を読み、けん制し合う様子はまるで決闘のような緊張感だ。物語はかつて世界中で盛んだった競技タイプに青春をかけたヒロインの成長を追う。しっとりと柔らかな色調の映像は1950年代を意識し、ファッションやクルマ、テニスラケットなどのディテールが時代の空気を再現する。加えてユーモアを忍ばせたシチュエーションの数々はエスプリの極み、何よりデボラ・フランソワが最高にキュートだ。
秘書に憧れるローズは保険会社に試験採用されるが、タイプの早打ち以外はまったくの役立たず。だが彼女の素質を見抜いた社長のルイはタイプ大会出場を提案、彼女を自宅に引っ越させて特訓を始める。
その日からはオンもオフもタイプ漬けの生活。人差し指だけで打っていたローズに5本指打法を叩き込み、用紙を効率よくセットする方法や、ボキャブラリーを増やして単語を予測させるために読書もさせ、さらに長丁場を戦い抜く体力をつけようとランニングも欠かさないなど、もはやスポ根マンガ顔負けの訓練の数々がテンポよく描かれる。
一方で、ローズのルイへの思いが恋に変わり、ローズの気持ちを受け入れるべきか突き放すべきか悩むルイも彼女を愛し始めていることに気づく。そのあたり、あくまで禁欲的にならず"勝利も恋も"欲張るあたりフランス人の人生に対する取り組み方・楽しみ方を感じさせる。
お勧め度=★★★★(★★★★★が最高)「タイピスト!」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130804を参考にしてください。
本日はもう1本
「楽園からの旅人」です。

"善行は信仰に勝る"。生涯を通じて祈りを捧げてきた男は、その思いが決して届かないと悟り、神に頼るのではなく己の意思と責任で実行する道を選ぶ。礼拝堂の天井近くにつるされたキリスト像が撤去された時の絶望、そして神ではなく難民という人間が与えてくれた希望。きっと彼はあらゆる出来事が"神の御心"と決め付けて思考を放棄し難事に立ち向かうのを避けてきたのだろう。やっと教会の重石から解放され、いかに振る舞うべきかに目覚めていく。物語は閉鎖される教会の司祭がアフリカ難民を匿う過程で、勇気とは何かを問う。
信者数の減少で廃止が決まった教会、業者が絵画や美術品を運び出してしまい、建物が取り壊されると居場所も行き場もない司祭は悲嘆に暮れている。その夜、十数人のアフリカ難民が礼拝堂に避難してくる。
事情を察した司祭は空になった礼拝堂を彼らに提供するが、もてなす準備がないと心を痛めている。難民の中にはけが人や妊婦もいる。おそらく彼にとって腹をくくって違法行為に手を貸すのは初めての経験だったはずなのに、当局の捜査を頑として拒む。一方でアフリカ人の中には単なる就労目的の者以外に、大量のダイナマイトを隠し持つテロリストや異教徒もいる。ところが、司祭は彼らを守ることで自分の声に耳を貸さなかったキリスト教の神に意趣返しをするのだ。
明るい未来ではないかもしれない、それでも立ち止まっているよりはましだと寡黙なこの作品は訴えているようだった。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「楽園からの旅人」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130801を参考にしてください。
本日はもう1本
「ザ・タワー 超高層ビル大火災」です。

熱で膨張した鉄骨がひしゃげ、その影響で壁が崩れ床が抜けガラスが飛散する。天井から落ちてくるコンクリート片、迫りくる火と煙、運よく生き残っても逃げ場はない。超高層ビルの中層階、映画はそこに取り残された人々と救出に向かった消防士たちの壮絶な脱出劇を追う。進路も退路も断たれ頼りは運任せのアイデアのみ、命の危機にさらされる過程で彼らは人としての価値を試されていく。自分だけは助かりたい者、幼い娘を捜す者、息子のために生きなければならない者、使命感に突き動かされる者。それぞれの立場で描かれる様々な愛の形が灼熱の火炎の前に浮き彫りにされていく。
108階建てのツインタワーにヘリコプターが激突、火災が発生する。セキュリティ担当のデホはレストラン街に孤立した娘と好意を寄せるユニを救助するために、カン消防士らと現場に向かう。
遠景では天を目指す水晶の塔、近寄ると空を覆うほど威容、きらきらと反射しつつもビルの内部が半ば透けて見える2棟の高層ビルはまるで光り輝くアート作品。そして生き物のごとく天井を這い壁を走る業火は人間の強欲を焼きつくすかのよう。それらメインのビジュアルは精緻なCGで再現され圧倒的なリアリティを持つ。
そんな、ハリウッドを凌駕する韓国クリエイターの英知が結集された映像は最後まで炎の恐ろしさを見る者に知らしめる。911を思い出させるビルの大崩壊は高慢な人間に対する神の鉄槌に見えた。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「ザ・タワー 超高層ビル大火災」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130729を参考にしてください。
本日はもう1本
「ローン・レンジャー」です。

法による裁きか、死の復讐か。白馬にまたがって駆ける黒マスクの男と顔に奇妙なペイントを施したカラスを頭に頂いた男。"正義"に対する考え方の対照的な2人がコンビを組んで、己の描く世界を実現するために裏切りと欺瞞を繰り返す資本家に迫っていく。その過程で繰り広げられるアクションの数々は躍動感に満ち、手に汗握る展開の連続に胸が躍る。映画は、19世紀後半、広大な米国を統治するために敷設された鉄道を舞台に、善玉、悪玉、正体不明の女、原住民、騎兵隊、出稼ぎ中国人、女子供までを絡ませてラストまで疾走する。
インディアンのトントは、脱走したブッチを追って返り討ちにあった新任検事・ジョンの命を助ける。トントによって蘇生したジョンはローン・レンジャーとなって共にブッチを追う。
ブッチの足跡をたどるうちに、鉄道建設の邪魔になるインディアンを排除する計画が浮き彫りになっていく。しかしトントとジョンは協力するどころか、ことあるごとに対立るばかり。のあたり、人生の先輩・トントが、血気盛んな若者・ジョンに生き方を伝授する、ある種の"師弟関係"を描けば飲み込めたのだが、ジョンはあくまでトントに"上から目線"を貫く。
もちろん当時インディアンは白人より劣ると考えるのが米国の常識だったのだろうが、ヒーローの誕生・成長秘話をすっ飛ばしいきなり大活躍するジョンの姿には共感できなかった。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「ローン・レンジャー」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130807を参考にしてください。
本日はもう1本
「パシフィック・リム」です。

開いた左の手のひらで右手の拳を受け止める人型巨大兵器。走りながら腕を大きく振り回すハンマーパンチを繰り出し、怪獣の頭部にヒットさせる。さらにひるんだ怪獣を、蹴り、絞め、投げ飛ばし、最後にプラズマ砲で仕留める。人型巨大兵器vs怪獣、重量感あふれる攻防の数々は、まるで生身の人間が戦っているかのごとき圧倒的な臨場感。怪獣が傷つき機体が破損するたびに、痛みがスクリーンから伝わってくる。物語はかつて人型巨大兵器のパイロットだった青年が地球滅亡の危機に際し再び立ち上がる姿を描く。
怪獣に敗れパートナーを失った人型巨大兵器・イエーガーのパイロット・ローリーは放浪を続けていた。だが、進化する怪獣に対処できるパイロットを探す地球防衛軍は、ローリーを部隊に復帰させる。
2人のパイロットが同時にイエーガーに指令を送り込む必要から、彼らは脳の神経回路を同期しなければならない。パイロット同士の相性や技量も重視され、ローリーは復讐に燃える女性隊員・マコと組むことになる。彼らのイエーガーは旧式、それでも2人はイエーガー体内での全身を使った操縦に、使命を果たす昂揚感以上の喜びを感じている。
センチメンタルな葛藤は一切なくし、ひたすらイエーガーと怪獣たちがパワーをぶつけ合う。それは洗練された格闘技のような技とスピードを競うのではなく、むしろ取っ組み合いのケンカ。ローリーやマコの成長より、あくまでバトルにこだわったの映像に胸が躍った。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「パシフィック・リム」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130813を参考にしてください。
本日はもう1本
「少年H」です。

1枚の絵ハガキが証明した日米の国力の差。その事実を知っているとスパイとみなされる世の中で、人々たちは口をつぐんでいく。逆に"大和魂"を妄信する人々は高圧的な態度で市民に目を光らせている。そして、大人たちの振る舞いに不満を覚える少年はつい余計なことを口走り顔の痣を増やしていく。戦争、それは国民の命を奪い、生きている者の自由を奪う。物語は太平洋戦争を挟んだ数年間、神戸で思春期を過ごした主人公の成長を描く。日本が間違った方向に進んでいると考えながらも良き臣民のフリをするしたたかな父親が、実は様々な葛藤を抱えている。そんな小市民的な男を水谷豊が抑制のきいた表情で演じていた。
洋装店を営む父・盛夫と母・敏子、妹と暮らす小学生の肇は敏子のハイカラ教育にうんざりしている。だが、盛夫の仕事に付き添って外国人屋敷に行き、子供のころから西洋の風を受けて育っていた。
外国人顧客を相手にしても挨拶以外は日本語で済まし、それでもきちんと意図は伝わっている盛夫は"人と人、国や言葉は関係ない"と肇に教える。一方で軍国主義に走る日本人とは、言葉は通じても思いは届かない。肇が中学に進学するころには戦況が悪化、理性より無謀な精神論が幅を利かせていく。
戦争に反対したいができない風潮の中、少しでも良心に従おうとする両親の姿に肇は人生を学んでいく。ノスタルジックな雰囲気の映像に悲惨さはないが、戦争が人の心を蝕んでいくという真実は訴える。
お勧め度=★★(★★★★★が最高)「少年H」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130814を参考にしてください。
本日はもう1本
「素敵な相棒」です。

記憶を蓄え、それをもとに思考するからこそ人間。一切のメモリーを消去されても平気でいられるのがロボット。「我思う、ゆえに我あり」の言葉に象徴される人間とロボットの違いは明確だ。だが、テクノロジーの進化で"感情"のようなものを抱くロボットは、人間の友になれるのか。物語は軽度のアルツハイマー症老人と高性能ヘルパーロボットの交流を通じ、何が人間を人間足らしめているかを問う。「忘れてしまった」ことすら覚えていない主人公は、頑固な生き方を変えない。彼を一番理解しているのが家族ではなくロボットである皮肉が、高齢化社会の行く末を暗示する。
物忘れがひどく苛立ちを隠せない元泥棒のフランクは、息子から介護ロボットをプレゼントされる。当初は拒否していたが、完璧に家事をこなし世話を焼いてくれるロボットに心を開いていく。
限りなく人間の精神に近い機能をもつロボットにいかにもロボット風の外観を与えているのは、過剰に情が移るのを防ぐためだろう。ロボットのおかげで積極さと健康を取り戻したフランクは、かつて情熱を注いだ泥棒稼業に復帰するためロボットに錠前破りのテクニックを教え、やがてわが子より深い絆を感じ始める。
結局、実の息子も娘もフランクの事を心配しているが、自分たちの思いをフランクに押し付けてもいる。ロボットはフランクの気持ちを慮りつつフランクに寄り添っている。ロボット3原則のもとロボットが良きパートナーとして人間と共存する、そんな未来に希望が持てた。
お勧め度=★★★(★★★★★が最高)「素敵な相棒」についての詳細は、http://d.hatena.ne.jp/otello/20130816を参考にしてください。

2012年11月27日火曜日

11月20日(火)「たいしたたま」映画評論家・町山智浩さん 「リンカーン」

毎週火曜日の「たいしたたま」は、映画評論家・町山智浩さん。 今日は・・・スピルバーグ監督のメッセージが込められた新作 「リンカーン」を紹介しました。 ※音声は一週間で削除されます メディアファイル 20121120_machi.mp3 (MP3 音楽ファイル)

2012年11月26日月曜日

『ブラック・レイン』松田優作さんから多くを学んだ…いぶし銀の俳優・國村隼が思い出語る

25日、故・松田優作さんの出身地である山口県で開催された第4回周南「絆」映画祭で映画『ブラック・レイン』が上映され、本作に出演する俳優の國村隼が、優作さんへの思いを語った。
『ブラック・レイン』松田優作さんから多くを学んだ… 画像ギャラリー
いぶし銀の魅力でテレビ、映画、CMなどに欠かせない存在である國村のデビュー作は1981年、井筒和幸監督の『ガキ帝国』だった。それからおよそ8年後の1989年、俳優として無名だった國村は、リドリー・スコット監督のハリウッド大作『ブラック・レイン』に出演することになる。役柄は優作さん演じる佐藤の子分・吉本。「『ブラック・レイン』の制作費が公称で60億円と言われていて。片や『ガキ帝国』は1,000万円映画と言われたATGの製作。お金のかけ方は違うのに、両方とも映画として面白い。映画って不思議で、面白いなと思った」と振り返る國村。
『ブラック・レイン』の現場は、一つの芝居を4つのカメラで撮影。それをサイズや構図を変えたりしながら、平均7テイクくらい撮影していたという。優作さんは國村との食事中に「俺はリドリーにお前のイメージはそれだけかと言われている気がするんだ。7つのテイクを撮るなら、7つのイメージを持ってこいと」とつぶやいたことがあったという。その言葉通り、優作さんはテイクごとに常に違った芝居を心がけていた、と國村は証言。
さらにランチの時間、先に現場に行く優作さんを見送ったとき、その背中にものすごいエネルギーを感じた、と切り出した國村は「その時はもちろん、がんの事は知らなかったんですが、まさに鬼気迫るという感じだった。その時はこれくらいのエネルギーがないと映画って出来ないものなのかなと思っていたけど、今となっては、きっとあの背中って、病気との闘いとか、いろんなものを背負っていたんだろうなと思います」と述懐。松田優作という役者が命をかけて演じた姿を目の当たりにし、「命をかけるに値するのが映画だ」と感じたという。
「時々、こんなとき優作さんだったら何を言うんやろうと考えたりする時がある」というほどに優作さんからは役者として多くのことを学んだ。「ずっと映画に関わりたいと思うきっかけになった映画だし、もっと言えば優作さんの遺作。僕にとってもこの仕事をする中で『ブラック・レイン』はエポックメイキングな作品なんですよ」と誇らしげな表情を見せた。(取材・文:壬生智裕)

2012年11月24日土曜日

こんな映画は見ちゃいけない!(11/24)

本日、とりあげる作品は

「裏切りの戦場 葬られた誓い」 です。

自分を信用してくれた敵との約束と、それを反故にせよという上層部
の命令。板挟みになった男は信義よりも国家への忠誠を選ばざるを得
ない。物語は反乱軍との人質解放交渉役を担った将校が、平和的に解
決しようと敵の懐に飛び込む一方で、味方の強硬派政治家・将軍らに
努力を踏みにじられていく姿を描く。反逆者といえども必ず言い分が
あり、彼らの信頼に足る人間でありたいと願うが、それでは規律を乱
してしまう。映画はそんなジレンマに陥った主人公の葛藤を、軍人ら
しく感情の抑制が効いた映像で再現する。

1988年4月、仏領ニューカレドニアで独立派武装ゲリラが憲兵隊宿舎を
急襲、人質を取ってジャングルに立てこもる。憲兵隊大尉のフィリッ
プは部下とともに派遣されるが、指揮権は陸軍が握っていた。

現地民を「ニグロ」と呼ぶ差別意識丸出しの陸軍との主導権争い、中
道左派と保守派が争う大統領選挙の行方を横目に様子をうかがうタカ
派大臣、それら"味方の中の敵"との意見の相違を調整しつつ、あく
まで人命を尊重するフィリップは反乱軍のリーダー・アルフォンソと
接触、彼らの要求を聞き出そうとする。

反乱軍の訴えの正当性を語らせ気持ちを通わせたはずのアルフォンソ
を、つまり原住民たちを裏切らなければならない苦悩。憔悴し、怒り
を抑え、そのうえで己のせいで命を落としたゲリラの死体が転がる前
線に戻るフィリップの心の痛みが胸をえぐる。

お勧め度=★★★(★★★★★が最高)

「裏切りの戦場 葬られた誓い」
についての詳細は、

http://d.hatena.ne.jp/otello/20121004

を参考にしてください。

本日はもう1本

「ロックアウト」 です。

どんなに危機的な状況でもジョークを絶やさず、勇気と機転と行動力
と抜群の身体能力でピンチを切り抜ける。女にも厳しいが責任感は強
く友情にも篤い、腕はたつが強烈な皮肉屋でもある。そんなハードボ
イルドな香りを濃厚に放つ男をガイ・ピアースが熱演。約70年後の米
国が舞台なのに、タバコをくわえジッポのライターを愛用する時代錯
誤的なヒーロー像が新鮮だ。物語は人工衛星軌道に作られた隔離施設
からVIPを救出する任務を負った主人公の奮闘を描く。命がけのスリル
を楽しむ姿がクールだ。

大統領の娘・エミリーは宇宙監獄・MS-1の視察に訪れるが、反乱を起
こした凶悪犯のハイデルとその兄・アレックスに人質になる。彼女の
保護を命じられたスノーは単身MS-1に潜入、次々と封鎖を破っていく。

ブリーフケースを奪ったスノーが重武装の警官隊から逃げ回るシーン
は、あえてリアルの逆をいく人工風CGの中をバイクで疾走させ、レト
ロな味わいを見せる。他方、スマホや拳銃、地下鉄といった小道具は
あまり現代から進歩しておらず、また米大統領執務室が地下にあるな
ど、それら現在と未来が混然とした独特の世界観は、もはや経済的成
長は望めず犯罪の増加に苦慮する米国社会を象徴しているようだ。

眠っていたとはいえ囚人の人数は圧倒的、統率がとれていない烏合の
衆ではあるが元凶暴犯ゆえ一つ間違えれば暴走しかねない予兆が緊張
感を醸し出す。

お勧め度=★★*(★★★★★が最高)

「ロックアウト」
についての詳細は、

http://d.hatena.ne.jp/otello/20121016

を参考にしてください。

2012年11月23日金曜日

ヱヴァンゲリヲン初号機が新宿からリフトオフ キャラバン巡回で地方補完計画

11月17日に全国公開した映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』が、その勢いをさらに日本各地に広めようと新たなプロェクトを始動した。11月23日よりヱヴァンゲリヲン初号機の地方巡回キャンペーン「ヱヴァキャラバン初号機強化計画」が展開される。
ヱヴァキャラバン初号機強化計画は、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』が公開4日で動員数100万人を突破、興行収入も16億を突破したことなどを記念して実施される。本作の関連イベントが都市圏に集中する中で、より多くのファンにその世界観を体験してもらうものとなる。
他の写真を見る
このキャンペーンは、ドワンゴが運営するniconicoの「ニコニコ生放送:Q」とのコラボレーションとなる。「ニコニコカーEVA弾幕仕様」と2メートルものヱヴァンゲリヲン初号機がセットで、各地の劇場を巡回する。
各劇場支配人の力を借りて、それぞれのミッションをクリアしながら、次々と劇場を移動する。新しいかたちの劇場イベントとなる。
キャラバンの出発は、11月23日17時から新宿バルト9から。この様子は「ニコニコカー発進!! エヴァ初号機強化計画 第1次報告」と題して生放送も行われる。
さらに巡回を終える12月26日には、ヱヴァンゲリヲン初号機は東京スカイツリータウンに建立されるエヴァ神社に奉納されることになる。エヴァ神社は今回の企画のために建立されたもので、初号機はそのご神体になる。
ヱヴァンゲリヲン初号機がご神体となる模様も、ニコニコ生放送で中継予定だ。エヴァ神社への参拝は12月30日までを予定している。意外な人のお参りもあるかもとしており、今後の展開も目が離せない。
[真狩祐志]
ニコニコカー発進!!
エヴァ初号機強化計画 第1次報告
http://live.nicovideo.jp/watch/lv116071740
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
http://www.evangelion.co.jp/

新鋭・能年玲奈は意外と強心臓? 「怒られてもご飯は美味しいです」

映画『カラスの親指』が11月23日(祝・金)に公開を迎え、主演の阿部寛を始め村上ショージ、石原さとみ、能年玲奈、小柳友、伊藤匡史監督がTOHOシネマズ六本木ヒルズの第1回目の上映前に舞台挨拶を行なった。
この記事のほかの写真
道尾秀介の人気小説を原作に、ひょんなことから共同生活を送ることになった5人の男女が、人生の一発逆転のために一世一代の詐欺を悪徳組織に仕掛ける様を描く。
能年さんが現在、ヒロインを務めるNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」の撮影中ということもあり、主要キャストの5人が勢揃いするのは久々。この5人が醸し出す疑似家族のようなムードが阿部さんはたいそう気に入っているようで、「無理して作るというよりも、自然と家族の和ができたと思います。自分の中で評価が高い作品です」と自信を覗かせる。
監督は「かなり粘る人だった」(阿部さん)ということで、キャスト陣はそれぞれに何度もリテイクを重ねたシーンがあったよう。監督曰く「断トツはショージさん」。ショージさんは最初の挨拶から「ありがとうございます、というよりもすいません」と恐縮しきりで「全員がセリフを覚えてきてて…『当たり前だ』と言われました」と苦笑を浮かべていた。
阿部さんは「タバコを吸うシーンは20テイクくらい重ねた」と告白。比較的自由にアドリブで演じたという石原さんは「能年ちゃんとの滑り台のシーンは重ねましたね」とふり返った。「何の違いだったんですか?」という石原さんの質問に監督は「滑り台が滑ってなかった。景気よく躍動的に行ってほしかった」と微妙な違いを説明する。
小柳さんは「牛乳を飲むシーンは、4リットルくらい飲みました」と明かす。本作のために10キロほど体重を増やし、髪形も含め大変身を遂げており「いまの感じとだいぶ違うのでそれだけで騙せたんじゃないかと思います。別人が出てますので(笑)、ご了承ください」と語った。
能年さんが演じた少女・まひろは強気でズケズケとものを言うタイプ。テイクを重ねること以上に"大先輩"の阿部さんに向かって、暴言に近いセリフを言うことがつらかったようで「阿部さんにこんなこと言っていいのかな? と怖くなりました(苦笑)。カメラ回る前に『こえぇー…』って思いながらやってました」と緊張気味にふり返る。
だが、そんな能年さんに阿部さんは「堂々としてましたよ」とニッコリ。姉役の石原さんも「能年ちゃんはテイクを何度重ねても顔色ひとつ変えずにカラッと重ねていく」と証言。そして村上さんからは「僕と似ているところがあって、怒られても普通に昼ご飯を食べてた」と意外と図太い一面を暴露され、「怒られてもご飯は美味しいです…」と恥ずかしそうに笑みを浮かべていた。
監督は「5人の作り出す時間、空気が奇妙であるけれど心地よいです」と満足そうにうなずいた。
『カラスの親指』は全国にて公開中。

能年玲奈、共演者から度胸の良さ絶賛も、阿部寛には恐縮していた!?

23日、映画『カラスの親指』初日舞台あいさつが、TOHOシネマズ六本木ヒルズにて行われ、阿部寛、村上ショージ、石原さとみ、能年玲奈、小柳友、そして伊藤匡史監督が登壇。阿部をはじめ共演者が、監督のこだわりに対しての苦労話に花を咲かせた。
映画『カラスの親指』写真ギャラリー
「作品を愛している監督なので、長い時には18時間も撮影していました。僕がタバコを吸うシーンは20テイクぐらいやりましたよ」と阿部が撮影の裏話を話し始めると、小柳や村上ら共演者からも同様の訴えが上がり、伊藤監督も苦笑い。
そんな中、スクリーンデビュー間もない能年は、撮影序盤の滑り台のシーンで、何十回もテイクを重ねたという。それでも「能年ちゃんは何度テイクを重ねても顔色変えないんですよ。わたしなんてどうしようってあせっちゃうのに」と石原が度胸の良さを絶賛すると、村上も「能年さんは僕に似ていますよ。(演技のことで)怒られても、普通にご飯を食べていましたから」と追随。しかし実際は「わたしが演じたまひろはドンとしていて、阿部さんに『こんなこと言っていいのかな』ってことを平気で言っちゃう役だったので、カメラが回る前は『怖い、怖い』って思っていたんです」と胸の内を明かし、会場の笑いを誘っていた。
「擬似家族、群像劇を演じられたことは僕にとって初めての経験なのでとても満足しています」と阿部が語ると、石原も「(演じた)やひろというキャラで、(劇中)すごく遊ぶことが出来ました。わたしにとって思い出に残る作品です」と新たな一面を表現できたことに満足げな表情だった。
本作は、直木賞作家・道尾秀介の小説を阿部寛、村上ショージの異色コンビで映画化。過去に心の傷を負った詐欺師のコンビが、わけありの仲間と共に一世一代の詐欺を仕掛ける壮大なエンターテインメント作品。(磯部正和)
映画『カラスの親指』は全国公開中